千川上水分配堰碑
せんかわじょうすいぶんぱいせきひ
解説
千川上水は元禄9年(1696)に、玉川上水から分水された上水です。
今は暗渠(あんきょ)となっています。
江戸幕府が大砲工場を建設する際に、この堰から西巣鴨交差点の方向に分水路が通されました。明治時代になると分水路は、今の北区・荒川区・台東区内の23か村のかんがい用水、王子近辺の紡績工場・抄紙会社・大蔵省紙幣寮抄紙局(今の印刷局滝野川工場)の工業用水として利用されました。
北区が近代工業の発祥の地となったのも石神井川、千川上水の豊かな水があったからです。 碑は明治15年(1882)に水利権を明確にするため設置されたものです。
説明板 | 北区教育委員会設置文化財説明板/千川上水分配堰碑 |
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所在地 | 滝野川6-9-1 |
連絡先 |
飛鳥山博物館事業係 03-3916-1133 |